「黒龍、止まれ!」
上空を二三度旋回してから、ゆっくりと龍は降りた。
メルランが着いたのは、トーナメント一回戦が終わった、翌日だった。
朝になって、負けた者たちが傷だらけのまま下を向いて城門を出て行く。
「…この格好に、黒龍じゃ…街は歩けないわね… 黒龍、服に成れる?」
昔から、使い魔として崇められてきた黒龍は、進化故か自在に姿を変型させる事が可能になっていた。
一鳴きして、長い首を縮める。黒い服に身を変えた黒龍を、草陰で着替える。
その上から、マントを羽織る。外見から見たら、騎士団志望の旅人にしか見えない。
「さ、行こうか」
そして、堂々と王都の正門から入っていった。入国検査を一通り受け、聖華城を見上げて、ため息をついた。
トーナメント戦が終わるまで、ずっとここに留まっていなければいけない事に、苦痛を感じる。聖華城の前には、一つの看板が立っていた。
『聖華城騎士団志望戦・棄権可能』と。数人の男女が、門の前に列んでいる。
「何をしているの?」
メルランがその一人に訊いた。
「棄権するのよ。強い二人がいてね、当たったら絶対殺されるわ」
「へぇ…?強い二人?」
「ああ、お嬢ちゃんは騎士志望じゃないのかい?」
若い女と会話していると、前にいた中年の男が話に割り込んできた。
「ええ、違うわ」
「そうかい、まあ今回はやめた方がいいな」
軽い自嘲混じりの笑い。
「そう、ありがとう」
メルランは会釈すると、町中に消えた。顎に手を当てて考え込む。
戦いぶりを見ただけで棄権者が出るくらい強い二人。
そんなの、九十パーセントの確率で彼らが選ばれるはずだ。
必ず、見つけなければいけない。
外見はどんなの?体格は大きめ?髪型は?男二人?それとも…限り無い思想でうめ尽くす。
そんな事を考えていると、人にぶつかるのは珍しいものではない。
どん、と鈍い音をたててメルランの肩に衝撃がはしる。
見ると、黒紫のマントを来ている。マントの下には動きやすさを重視したような軽い服。少女と思わしきその人物は、メルランを睨む。
「イズミル?何してるんだ」
後ろから駆け寄ってきた男…左腰に長剣と短剣を差して、右腰は一丁の拳銃。
「…別に。ゼス、先行く」
素っ気なく答えると、マントを翻して人ごみに消えた。
「ごめん。あいつに代わって謝るよ」
メルランの気をなだめるように、武装した男、ゼスは言った。
「いえ。いいのよ。私にも非があるわ」
ゼスににっこり笑ってみせると、ゼスは安心したように笑った。その笑顔に、メルランは違和感を覚える。
「じゃあ、俺は…」
ゼスはイズミルを追って人ごみに吸い込まれた。
「…ゼスに…イズミル…」
勢いの変わらない人ごみに向けて、メルランは一つ微笑した。
二通目の手紙が送られてきたのは、一回戦目があった夕方になった。しかし、手紙の内容は異なった。
「トーナメント戦を変える?」
「楽しんでやがるわね、王の野郎」
イズミルは誰かが聞いたら牢獄入りのような暴言を吐く。
「新ルールは…え?」
ゼスが素頓狂な声をあげる。手紙には、こう記してあった。
『一つのバトルフィールドで数人でバトルする。
ルールは特になし。他の参加者が戦闘不能になった時点で勝利。
又は相手の降参で勝利となる』
「なるほど、こりゃ手っ取り早い」
「開催時間は?今から一時間半後か」
「…楽なルールね」
にんまり、とイズミルは微笑んだ。
「まずは一泊でいいわ」
メルランは、街の一角の宿屋のカウンターで鍵を受け取った。荷物もさほど無いために、一人で部屋に向かう。
「…あら」
エレベーターに乗り込もうとした時だ。
一組の男女が、駆け込んでくる。
カウンターで用を済ませていたようだ。その二人の顔に、感嘆の声をあげる。
「あれ?君は…」
男がメルランの顔を見て目を開いた。
「昼間はどうも。あなた達もこの宿屋にいたのね」
メルランは貴族風に足を曲げた。漆黒のマントには似合わない。
ゼスが押した階は七階。メルランは八階だった。
ゼスの手に、手紙が握られているのを見つけた。その内容は、ほとんど瞬時に判断できた。
「あなた達はどうしてココに?」
愛想笑いを振りまいて、イズミルに訊く。
「…騎士団志望でね」
その冷たい返答に、メルランの瞳は険しく細くなった。
「君は?」
ゼスも訊く。メルランは荷物を指さして言った。
「見ての通り、ただの旅人よ」
「…腕は立つ方でしょ?」
笑っているのに、何の感情も読み取れないゼスの表情に、見えない所でドキリとした。
メルランは髪の毛を掻きあげた。
「そんな事ないわよ」
「そうかな?俺もそんな武術には詳しくないけど、強さを感じるね」
再びドキリ、としたメルランは、必死に話題を変えようとした。
「ここで逢ったのも何かの縁だわ。暇だったらいつでも訪ねて頂戴。何泊かはしていくから」
部屋の鍵を見せて、ナンバーを教える。
「そう、そしたら夜にでもお邪魔しようかしら」
意外にも、その誘いに乗ったのはイズミルだった。
イズミルの笑いはどことなく深い。何かを企んでいるような…
「そうだな、良かったら騎士団戦に見学に来ないか?」
思わぬ誘い。メルランの目的を果たす為には、必要な人材と見る。
「え、本当?騎士団戦ね…面白そうだわ」
「じゃあ、今晩誘いに行くよ」
丁度、エレベーターは七階をさす。軽い挨拶を交えると、扉は閉まった。
他に誰もいないために、メルランはふふ、と笑った。
いい機会だった。このまま取り付いていれば、目的も果たせる。
そして、エレベーターは八階についた。
メルランの泊まった部屋のドアが音をたてたのは、丁度七時頃だった。
窓から外を覗けば、各々武装した勝ち残りどもが、聖華城に向かっていく。
「こんばんは。迎えに来たよ」
ゼスの軽い声がメルランの耳に届く。
「こんばんは、ゼス」
開いたドアの向こう側で、ゼスは怪訝そうな顔をしてみる。
「どうして、俺の名を?」
「自分たちで呼び合ってたじゃない。私はメルランよ。改めてよろしく」
イズミルは無表情のままだ。相変わらず、黒紫のマントを羽織って、その下には黒服をまとっていた。
扉に鍵をかけて、カウンターに鍵を預ける。
そして、向かった先は聖華城…メルランの偵察場所。
聖華城の内装は変わっており、ただ広いフィールドが一つどん、と置いてあるだけだ。
そして、まばらに候補者達が門内に入ると、門は鈍い音を起てて閉じられた。時間内に来れない人間は、自動棄権とされる。
「栄光ある一回戦勝ち残りの者たちよ!報告したように、ルールを変えて二回戦に望みたまえ!」
また、無意味な挨拶。
「今より、名を読み上げる者よ!フィールドに上がるがよい」
「同じフィールドになったら、どうする?」
イズミルは不意に思った事を訊いた。
「そうだな、まあ…ならない事を願うさ」
どんな根拠が元でそんな事を言っているのかは判らないが、その自信満々な顔にイズミルも、メルランもどことなく安心感を覚える。
「…頑張ってくださいね」
メルランは見学者なために、応援することにする。
ここでじっくりと実力を見て、騎士団候補の者を見分けなければいけない。
内心、ゼスやイズミルには騎士団に入団してほしくはないと思っていた。
そして、呼び出された名前には、ゼス・ユーザンスの名前も入っていた。
「…以上」
幸運なことに、ゼスとイズミルは同じフィールドで戦うことは無かったらしい。
「じゃあ、行ってきますか」
「殺しちゃいなよ、どうせなら」
冷ややかに恐ろしい事をいうイズミルを、苦笑の笑みで一瞥してフィールドに上った。
メルランはただゼスの戦力を測るだけだ。
一見、ただの青年にみえるが。
「…」
険しい表情で、ゼスを見守っていると、珍しくイズミルから声をかけてきた。
「アンタ、ゼスの事どう思ってるのよ」
「え?別に…?」
唐突すぎるその質問に、眉間にシワを寄せる。
「そう。ゼスは強いわよ…」
無気味に口の端だけ吊り上げると、ゼスの上ったフィールドに目を移らせる。
今にも開始の合図が出よう、としている時だ。
「はじめっ!」
誰かの声に反応して、数人の候補者たちが跳躍する。
ゼスは、そんな中をゆっくりと歩いていた。
「死ね!」
そんなゼスに腹を立てたのか、男が頭上から襲いかかる。
しかし、ゼスは避けるわけでもなくただただ突っ立っていた。
一瞬の出来事だったろう。その男には。イズミルとメルランにはハッキリと判った。
「そんな…速急で落ちてくる人を…一瞬で殺すなんて」
「視れたんだ」
感心したように目を開いて、メルランを見る。
「ふふ、でもそんなチマチマした方法で全員殺そうなんて疲れるだけだね」
その表情はとても楽しそうで……恐ろしかった。ゼスが取り出したのは一本の剣。
腰に掲げていた一本だろう。もう一本は綺麗に納めてある。
「…疲れない程度に、疲れない程度に…」
独白すると、剣を様々に、そして各々相手をしている候補者たちに向けた。
一瞬にして、数人の人間の首が落ちる。鮮血をぶちまいて。
その鮮血が帯びになって他の人間にくっつく時、その人間も死んでいた。
瞬間移動とも言えるその移動は、イズミルやメルランでさえやっと追いつけるものだった。もちろん、普通の人間には視れもしないだろう。
「ほぉ…」
王の目が楽しさに見開く。イズミルの予想が的中した。
王はこの戦闘を、楽しんでいたのだ。
一瞬にして、フィールドに残る人間の数は三人になった。
「…二十人いたはずだよな…」
「ああ、二分でここまで減った」
呑気に、フィールドの端で会話をしている生き残り。
ゼスの瞳は、その二人を映し出した。そして、多くの人間の血を吸い、妖しく輝いている剣も、その恐怖に震えている人間を映す。
そして、勝負は終わった。
圧倒的なる、ゼスの勝利に終わったのだ。
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