悪役はただの脇役なのだろうか?
 それとも正義のヒーローをひきだたせる為の道具…?
 どの世界にもいる『悪』は、この世界にももちろんいた。
 数十年前に、世界を敵にまわし人を殺めていた一族…テルペン。
 その一族の無惨な物語……
         
「…この本も、これもあれもどれも悪役は悲劇に終わる…」
 禍々しい雰囲気をまとった城の中。その中の一室で、若い声は言った。
 悪魔とも見える……トゲトゲしい黒い羽。 背中から生えたそれは、鋭く光っていた。それに、少し幼い顔に似合わず、露出度が高めの服。
 少女は厚さ様々な本に埋もれ、溜め息をついた。
「昔から決まってるのね…悪役は正義に負ける。私たちは悲惨な…」
 ばしばしと本を叩く。
 本はあらゆる国の物語だった。日本国という島国の昔話。
 有名な国で生まれて、今や世界各国で有名な物語まで…
 その時。
 コンコン、と薄板を叩くような音が少女の耳に飛び込んだ。
 「どうぞ」と短く答えて開いた扉からは綺麗だが、どことなく恐ろしい女性の顔が覗いた。
「メルラン、ちょっといいかしら。父様がお呼びよ」
「ああ、お母様。すぐに行くわ」
 無造作に本を掻き分けて道を作った。
「ふぅ、そろそろこの本も整理しなくてはね」
「そうね」
 メルランと呼ばれた少女は、冷たいタイルで囲われた廊下を、軽やかに走っていった。
 突き当たりの大きな扉…ギギギ、と重い音をたてて開けると少々大きめの図体…メルランの父が高貴な椅子に腰掛けていた。
 辺りには、頭蓋骨や何の骨だかわからないような物が見捨てられたように転がっていた。
「お父様、何かご用ですか」
「メルラン、聖華城の奴等は新しい騎士団の募集をし始めたらしい」
「…聖華城の方たちが…ですか」
 頼もしい腕を、前に突き出した。その先端の指先は、真直ぐにメルランを指している。
「お前への指令だ。誰が選ばれるのか、偵察してこい」
「…判りました」
 下を向き、目を伏せる。唇を噛み締め、頷いた。
 一礼すると、メルランは重い扉を開き、冷たい風が吹き抜ける廊下へと歩んだ。
「…メルラン」
「お母様…」
 待っていたのは母、チェラブだった。
「マクベスは、あなたを巻き込むのを誇りだと思っている…だけどね、何があってもあなたは私の子よ。無理はしないでちょうだい」
「…分かってるわ、お母様」
 メルランを抱きしめたチェラブの腕を、忌忌しいとばかりに払い除けた。
「それじゃあ、行ってきます」
「…」
 チェラブに背を向けて、メルランは庭に出た。
 それを見送るチェラブの目は、どこか悲しげで、冷たい眼差しだった。
 飼っている黒龍に飛び乗ると、この国の中心の都市、リオスに向かった。
 リオスの中心部にある、聖華城。
 有望な騎士団や、戦士達が多く住んでいる場所だ。
 そして、メルランは黒龍にむち打つ。
 リオス…聖華城を目指して。
         
「…騎士団募集の登録はここですか?」
 今、聖華城の入り口に一人の男剣士と女魔術師が兵士に訊いた。
 兵士は、「ああ」と頷くと会議用の長いテーブルに案内した。
 そのテーブルの周りには、各々武技を持った男や女が集まっている。
「ここに、名前と職業を」
『ゼス・ユーザンス、剣士』
 ゼスと名乗る男剣士は、そう紙に書き込む。
 女魔術師は『イズミル・コレクト、見習い術師』と書き込んだ。
「見習い?そんなんで、聖華城の騎士団狙いかよ」
 その書き込みを覗き込んだ、大男が鼻で笑うようにして言った。
「…実力も見ないで馬鹿にするような能無しよりはマシだわ」
「なんだと!」
 その大男は、顔を赤らめ、息を荒くしてつかみかかった。
「やめろよ、イズミル」
 イズミルが自らの掌を重ねようとした時だ。ゼスはその手を握り、動きを制止させる。
「勝負は…本戦でな」
 ゼスはそう大男に言うと、踵を返して城を出た。
 それに続いて、大男に微笑をこぼしたイズミルも去った。
         
 宿屋に止まった二人に、知らせが来たのは次の日の夕方の事だった。
 人数制限で閉め切られた入団募集の、トーナメントを発表するために。
「行くか」
 送られてきた手紙には、城に来るようにとだけ書いてあった。
 まだ、暗い中ぞろぞろと城に人が集まり出す。
「よくぞ集まってくれた!諸君らの戦いぶりを、ここでしかと見届けよう!」
 夜中にも関わらず、馬鹿に大きな声で叫ぶ。
 誰かと思えば…薄暗い中で、光る王冠。
「王様か」
「…」
 ゼスの呟きに、イズミルは無反応だ。
「我らが国のために、汝らに集まってもらった!予想以上の人数に、トーナメント戦で戦っていただこう!」
「…ふん、楽勝ね」
 初めて、イズミルが口にする言葉に、周りにいた戦士らの怒りの的になった。
「…ねぇ、一気にここで殺しちゃダメかしら」
「ダメだ」
 周りの睨みを、気にもせずに冷たく言い放つ。その質問に、ゼスは即答した。
 そんなのはお構いなしに、王は言葉を続けた。
「トーナメント表は発表しようと思う。今晩、一回戦を行う!」
「魔術師、ジェリンティナ!前へ。旅人、ロリテンヌ!前へ!」
 王の言葉の次に、大臣が名を読み上げた。
         
 ゼスの番は、それから五戦目のことだった。
 対戦相手は、同じく剣士のウイテイスと呼ばれる男だ。
 大臣に呼ばれ、ゼスも楕円上のバトルフィールドに歩み出る。
 そこには、血などもちりばめられている。
「なんだ?そんなに華奢な体で、俺様に攻撃しよってのか?」
 ガハハハ、と豪快な笑い。その笑い声に、ゼスは耳を塞いだ。
「ま、精一杯頑張らせていただきます」
「問答無用!」
 ウイテイスは大振りの剣を振りかざして、意外に素早い速度でゼスに向かってきた。
「…手加減できるように頑張ります」
 そう耳もとで訊くと、大きく上に跳躍した。
 そして、腰から抜き取った長剣を、着地したウイテイスの背中に突き刺した。
 一瞬の出来事だったに違いない。
 本人も…それを見ていた、イズミル意外の観客も。
「勝者、ゼス!」
 審判が、判断をくだす。
 それと入れ違いに進み出たのは、イズミルだった。
 相手は、幸運なことに今朝の大男。
「あら…また逢ったわね」
 気軽に、イズミルが挨拶する。
「ふん、死ぬ為に俺様と当たるとはな、不幸なもんだ」
「…ふふ、あなたは幸運ね。私の実力が見れるわよ」
 にっこりと、笑うとイズミルは掌を合わせた。
 祈りを捧げるように、そのまま停止する。
 その間に、大男は剣を振り回して走ってくる。
「うおおおおおおぉ!」
 野生の熊のごとく叫ぶ。
 閉じた目を、うっすらと開くと、イズミルは合わせていた手を解放させる。
 そして、十本の指で何やら紋章を造り出す。
「フィックス」
 そう、短く呟くと、大男の体はピタリと止まった。
「な…!」
 剣を上に振り上げた状態で、体が動かない。
「馬鹿にしていたのでしょう?このくらいの事予想がついたかしら?」
 不敵な笑みをこぼす。そして、掌を動けなくなった大男の額にかざす。
「私の師はこの世で一位の魔術師…」
 冷笑。そして、爆発。
「クランブル」
 刹那 大男の頭は粉のように粉砕された。
 声も出せないまま、頭だけを失った体はその場に倒れこんだ。
 血さえも出ない、その死体を、まじまじと眺める人など、いなかった。
 バトルフィールドから降りてきたイズミルを迎えたのは、ゼス一人だった。
「この野郎、殺したな?」
 小突くようにして、肘で肩をつついた。
「…今朝からのもめ事でしたからね」
 はん、と鼻で笑い飛ばす。
 そして、その日の試合を終えた二人は宿屋へ帰って行った。
 まだ、夜は続いている。


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七章 八章

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