昨日の出来事は何度思っても嘘のようだった。
 あれから、水音の申し出は断われるわけもなく、友達になった。

「本当?嬉しいな、初めての友達よ、凛太」
「…初めての友達?」
 凛太はこれ以上聞くことを止めた。
 水音の本当に嬉しそうな笑顔が、凛太の脳裏に刻まれた。

 今日も、会う約束をした。
 あの公園で。
 不意に、水音の言葉を思い出す。
 綺麗な場所に行きたいと言っていた。

「昨日、綺麗な場所に行きたいって言ってたよな」
「うん、言った」
「どんな所がいい?」
「風が綺麗な…」
 そう言いかけられて、思い当たる場所があった。
 とても綺麗な… 今まで一番好きな場所だった。
「………行く?」
 素直に明るくなった顔は、凛太には眩しすぎるほどだった。
 凛太が選んだ場所は、緑の多い場所で結構有名な公園。
 遊歩道があり、そこをずっと通っていく。
 あまり知られていない、とても綺麗な丘があるのだ。

 電車に数分揺られる。
 駅を降りると、目の前に広がる大きな門。
 その中には一本の道に、緑色の木々が向かえてくれた。
「懐かしい…な」
「懐かしい場所、なの?」
 ふとつぶやいた言葉に、水音は敏感に反応した。
「あ、いや。小さい頃に来たことがあるだけさ」
「そう…羨ましいな」
「?」
 水音が地面を蹴って木々の中に吸い込まれていった。
 それを、急いで凛太が追いかける。

「こっちだ。まだあるかな」
 少し道を外れた場所に、凛太が水音の手を引いて歩いていた。
 消えかかった記憶を思いだし、道を探した。
「ねえ、アレ?」
 水音が指をさした。その先には、うっすらと草が生え、花が咲き、風が吹く…
 思い出の場所だった。
「ああ、そうそう。ココだ」
 凛太が、子供のように目を輝かせた。
「…綺麗だね!」
 山形に突き出た丘の先端に、水音が立って両手を広げた。
 下にも草が生え、田舎だが街の中である事を忘れてしまいそうだった。
「……あ」
 風と、草と花と…そして水音のせいで、周りが遠くなっていった気がした。
 どんどん…どんどんどんどん水音が離れていった気がした。
 いっぱいに広げた両手を、水音が下げたことで、凛太は正気に戻った。
 全て、幻覚だった。
「凛太」
 短く名前を呼ぶ。なぜか、とても緊張した。
 そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「…あの時『時を早送り』したのはアタシ」
「…!」
 草が固まった。風が止まった。雲の流れもない。……時間が止まった。
「時少女。それがアタシの名称」
「ちょっと、待て?」
 本当に待ってほしかった。何も理解できない。
 時間を止める?世界の流れ…いや、宇宙の流れを止めている?
 この小さな少女が?
「もちろん、停止、早送り巻きもどし。全部できるよ。この世界はアタシのビデオデッキだから」
「嘘、だろ?」
 顔は引きつっている。
 頬が小刻みに震えだした。
「全部事実だよ。言ってしまえば、アタシはこの世に不要な存在なのかもね」
「…」
「時間があやつれるなら、なんだってできる。盗んだり、殺したり… 自分の都合で時間を止めて、自分の都合で操作して…決められた、宇宙の流れに反抗する。それは…絶対にあってはいけないこと」
 今まで人類が望んでいた事を、できる少女が自分の目の前にいる。
 とても信じ難い事だった。
「その内に、お空からお迎えがくるから…それまでお友達でいてくれない?凛太」
 また、同じように、今まで通り時間が流れ始めた。

 次の日の学校は一日中惚けていた。
「凛太?りーんーたー」
 仁が空を見て惚けている凛太の顔を覗き込んだ。
「あ…ああ。仁か」
「…どうした?今にも召されそうな顔で」
「なあ、仁。もし自分が時間を操れたらどうする?」
「時間を操る?」
 きょとんとした顔で凛太の顔を見た。
 馬鹿にしているのか、考え込んでいるのか理解し難い。
 そして、閃いたかのように手を鳴らした。
「そりゃ、いいだろうな!なんだってできるぜ?未来だってわかるし、過去だってやり直せる!」
「ああ…そうかもな」
 凛太の無反応さに、仁は眉をひそめた。
「自分から聞いておいてそりゃ無いだろ。どうしたんだよ。お前らしくもない」
「俺らしくもない…?は、はは」
 凛太が鼻で軽く笑うと、仁は凛太の腕をつかんだ。
 そして、力ずくで持ち上げる。
 腕だけが上がるわけもなく、凛太は椅子から立ち上がった。
「な、なんだよ!」
 凛太は仁を見て叫んだ。
 怒っているようにも思えた。
「保健室行ってこい!」
 言い返せなかった。
 仁の目は、今まで見た事もないほど、真剣で怖かった。
 無言で仁は腕を離した。
 一瞬支えを失った腕はふらついたが、そのまま教室を出て行った。

「じゃあ薬飲んで。寝てなさい」
 出された薬を水で飲み干すと、保健室の硬くて、薬品臭いベットに潜り込んだ。
 何も考えたくないまま、眠りについていた。

 凛太が目覚めたのは、保健室の静けさでだった。
「…?」
 不可解に思った凛太はゆっくりとベットから起き上がった。
 頭の方にある時計を見てみる。
 まだ、保健室に来てからは二時間、一時間ちょっとしか経っていない。
 自分を覆っているカーテンを少しだけ開けてみる。
 人影は無かった。
(先生…いないのか?)
 心の中でつぶやくと、教室に帰るのが面倒になってくる。
(…いっか。別に)
 そう思うと、またベットの中に潜りこんだ。

(凛太、逢いに行ったら怒るかな)
 学校の校門の前で、一人ぶらぶら歩いていた。
 校門の前を行ったり、来たり。
 水音は、中の様子を伺いながら、迷っていた。
 普段は、通常の人間には自分の姿が見えない事を知っている。
 だから、簡単にも出入りはできるのだが…
(凛太に会ったらマズイだろうなぁ)
 唯一自分の姿が見れる凛太に見つかってしまったら、嫌われてしまうだろうか、という不安があった。
 それでも、行きたいという気持ちには勝てなかった。
 そう決めると、校門を軽やかにくぐって行った。
(凛太いるかな…)
 軽やかなステップを踏みながら、学校内を我がもの顔で歩いていた。
 初めについた場所は教室…
 凛太の教室だ。
 しかし、凛太の姿が見えない。
(………)
 少し考え込んだ後、教室を出た。
 次はちょっと小走り気味で。
(…考えられるは、トイレに保健室。…じゃなかった屋上?)
 鼻唄混じりに最寄りのトイレに侵入した。
男子トイレとあって、少し抵抗があったが、嬉しい事に誰もいなかった。
(…嬉しくないけど)
 凛太がいない事に腹を立てながらも、今度は保健室に向かった。
 保健室に入ると、一枚の紙を見つけた。
 それはメモで『職員室にいます。用のあるかたは勝手にやるか、職員室までいらしてください』と書いてある。
 入り口には靴。その持ち主は・・・結城、と書いてある。
(ビンゴ)
 溢れ出しそうな嬉しさを抑えて、凛太が寝ているベットへ近づいた。
 こっそりとカーテンを開けてみると、うずくまり、寝ている凛太がいた。
(ぐっすりお休み中?こりゃお邪魔…)
 ぽりぽり頭を掻くと、保健室を出ていった。

 凛太が目を覚ましたのは、そのすぐ後だった。

 誰にも文句を言われずに長時間寝ていられる満足感を味わいつつ、寝起き眼を擦って起き上がった。
 カーテンを勢いよく開け放つと、机の上に乗っている一枚の紙を手にした。
 それを読み終えると「…いい加減だな」なんて言う。
 時計を見ると、授業が終って少しほど経った頃だ。
 外もがやがやと騒いでくる。
 自分の腹時計も、弁当をおねだりする。
 一つだけ、ため息をつかせてもらうと、ベットから起き上がる。
 そのまま、誰もいない保健室から出て行った。

 教室に戻ると、一番最初に駆け寄ってきたのは仁だった。
「お前、寝過ぎだろ!」
 そういいながら、一発頭にくらった。
「おい…まだ病人なんだけどな…」
 ぼやくように言うと、自分の席に着いた。
 その時、ふと窓に目をやる…
 一人、こっちを見ている少女がいる。
 水音だ。目が合うのに気づくと、恥ずかしそうに逃げていった。
(あ…来てたのか)
 なぜか、少しだけ申し訳なく感じる。
「なあ、弁当食おうぜ」
「あ?あ、ああ…」


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